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実写版『リトル・マーメイド』が描いた、「歩み寄る」「手を取り合う」ことの難しさ

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2023年6月9日に公開された、ディズニークラシックの名作『リトル・マーメイド』の実写版。主人公の人魚アリエルを黒人歌手のハリー・ベイリーが演じるという告知が出た瞬間から現在に至るまで、この起用の是非について何度も議論が交わされてきた。

「白人キャラクターなのだから、同じように白人の俳優が演じるべき」
「原作の大ファンだから、この起用は納得がいかない、観る気が起きない」

様々な意見を見てきたが、明らかに人種差別的であるものを除いてその声はどれも手放しにはしておけない切実なものであり、私もつい先日友人たちとアリエルが黒人である件についてディスカッションした。
3人の内の1人は既に映画を鑑賞していて、うち私ともう1人は未鑑賞だったのだが、未見である友人の胸の内を明かした言葉が、特に真摯なものとして私の心を動かした。

「原作を何度も観て、昔から1番好きなディズニープリンセスはアリエルだった。だから、複雑な気持ちだ。好きだからこそ受け入れられないかもしれない、というのが正直な気持ち」

この話を聞き、ますます自分の目で本作を観に行かなければならないという思いになった。つい最近、原作のアニメーション版を観たばかりの私は、彼女のように特別な思い入れが作品にないにしろ、今回のイシューについては自分なりの落としどころ、意見を持たなければならないと思ったのだ。

※以下、本編の内容に触れる箇所あり

本編をラストまで見届けて、まず最初に思ったことがある。それは、本作が正しく人々に差し出された”歩み寄ること”と”手を取り合うこと”の難しさ、大切さを説いた作品であるということだ。

原作と今回の実写版の相違点がいくつかあって、アリエルと出会う人間の王子、エリック側の人物設定の掘り下げはその中の1つだ。アリエルの「新しい世界を見たい」というイマジネーションに対し、どのように人間であるエリックの思いが交差していくのか。どのような共感感情がきっかけとなって2人が惹かれ合っていくのかという部分が、実写版ではストーリーを膨らませて語られていた。その設定により、観客はアリエルとエリックの共通点を見出すことができ、なぜ彼らふたりがラブロマンスの主軸として結ばれるべきなのかという部分にも説得力ができ、恋愛の要素抜きにしても彼らが連帯の意志を持つ理由に納得することができる、という魅力が付帯されていたように感じる。

最後には人間と人魚という異種が手を取り合って結ばれる。そんな物語が示唆するのは、現実の連帯、つまり”歩み寄り”と”理解”なのである。

ラスト付近、アリエルの父親であるトリトンがエリックと共に船出をする彼女を見送るのだが、共にアリエルの姉たちや人魚の仲間たちが海から顔を出し、微笑みながらアリエルに別れを告げる。正直なところ、このシーンで私のこれまで加速していた感動が後ずさりした感覚があった。なぜならそこに、現実世界ではなかなか実現することの適わない”理想の平和的解決”と” 感動的なラストシーンとしての圧力”を感じ取ってしまったからだ。ハリーが黒人であることに異議を申す人達は沢山いた。彼、彼女たちを物語1つで連帯させること、”黒人も白人もそれ以外の人種も皆が平等で尊いものなのだ”と説くこと。それが出来ていたならそもそも今回のイシューは提起されなかっただろう。だから、本作を観て強く感じたのだ。生き方や立場、生まれの違う人々が”歩み寄る”、”手を取り合う”ことの難しさを。

それでも今回、クラシックとして語り継がれてきた『リトル・マーメイド』を再解釈して創り上げられた物語の中に生きるアリエルとエリックは、確かに新たな1歩を踏み出した。正しい意味で”船出”をしたのだ。荒波という名の、自分たちを批判する、是としない者たちがいるかもしれない大海へと漕ぎ出した。それを見守る、肌の色の異なる人間と人魚たち。嵐を乗り越えた後の海が美しく凪ぐように、きっと彼らとともに2人を見届けた私たちも、いつか手を取り合い、お互いを信じ合える日がくるはず――そういった”祈り”のもとに創られたのが、今回の実写版『リトル・マーメイド』だったように感じる。

とはいえ、まだまだ分断や無理解、敵対といった言葉と隣り合わせの中に私たちは存在している。無理解のもとに生まれた差別的な意識はまだ多く、マジョリティ然とした立場でマイノリティに降りかかる。しかし、想像してみてほしい。この世界に生きる私たちそれぞれに自分自身が生きてきた道のりの中で出した”言葉”があり、”意見”があり、”思い”がある。その1つ1つに対し、ラストシーンで大きなメッセージ(より近しい意味合いでの「言葉」)を差し出してみせた本作を、これを読んでいる貴方はどう受け取っただろうか。

自分の中にある言葉に嘘をつかず、新しい世界に漕ぎ出そうと手を取ったアリエルとエリックを見つめた時に感じたことを大切にしてほしいと思う。

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安藤エヌ

日芸文芸学科卒ライター。映画と音楽を中心に評論、レビュー、コラム等を執筆。「今」触れられるカルチャーについて、新たな価値観と現代に生きる視点で文章を書くことを得意とする。

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