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作家・山田詠美の愛すべき短編集たち~『色彩の息子』から『珠玉の短編』まで

作家・山田詠美の名前を見て、あなたはどんな作品が思い浮かぶだろうか。85年に文藝賞を受賞した『ベッドタイムアイズ』、日本人女性と黒人男性の恋愛を描いた『ラビット病』ーー複雑な心の動きを確かな筆致で追いかけ、恋愛小説の名手として唯一無二の存在感を放つ作家、という印象を持っている読書家も多いのではないかと思う。
以下に簡単なプロフィールを記しておく。


山田詠美:1959年東京生まれ。’85年に発表した黒人米兵と歌手を生業とする女性の同棲生活を描いた『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞。同作品は芥川賞候補にもなり、衝撃的なデビューを飾る。’87年には『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞。さらに、’89(平成元)年『風葬の教室』で平林たい子文学賞、’91年 『トラッシュ』で女流文学賞、’96年『アニマル・ロジック』で泉鏡花文学賞、2000年『A2Z』で読売文学賞、’05年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞を受賞するなど、数多くの文学賞にかがやく。奔放な性と愛の形を深く洞察する眼はその後も衰えず、現代においても女流文学のひとつとして愛され、支持され続けている。


彼女の作品群には優れた短編集もあり、短い文章だからこそ氏の紡ぐ言葉のエッセンスを凝縮して堪能できる。本稿では、独特な心情の編み方や作家としての確かな手腕を異なる物語で味わえる、氏の短編集5冊を紹介したい。


①『色彩の息子』


この短編集を手に取ってまず目を引かれるのは、何といっても色とりどりの遊び紙が各話の冒頭に挟まれている特殊装丁だろう。この遊び紙は各話のテーマカラーとしての役割を担っている。なかには銀や金といった色もあり、目で楽しく読んでも楽しい一冊なのだ。
冒頭の色を見て、これから語られる話が一体どんなものなのか、という想像をしながら読み進めることが出来るのが最たる魅力。氏ならではのヒューマニズムへの鋭い洞察眼が光り、人間のどろりとした心の奥が垣間見える、恋愛描写に次いで山田詠美文学の真骨頂ともいえるリアルな描写が味わえるのも捨てがたい。

②『放課後の音符(キイノート)』


制服姿の女子2人とピンクの表紙が目を引く、ティーンエイジらしい瑞々しく性に奔放な少女たちのスパイスの効いた日常が語られている短編集。
当時、恋愛小説を書かせれば右に出る者はいないとされた氏の筆力を感じるフレーズの数々に唸り、現代にも通じる恋心の初々しさに読めばきっと「こんな恋愛、学生時代にしてみたかった」とため息がもれてしまうはず。
早熟な心を持て余し、男に愛を教わり、時には教えてあげようとする彼女たちの細い身体つきが目に浮かぶ「早春」の短編群たちだ。

③『タイニー・ストーリーズ』


後述する『株玉の短編』と同じく、思わずクスリと笑ってしまうコメディチックな短編――だけどどこか考えさせられるのがミソ――からしっとりと湿った空気感を肌で感じられる短編まで、タイニー(小さい)というタイトルの通り数ページで完結するショート・ショートが詰まった作品。
大小さまざまの物語たちがめいめいに呼吸をしているのを、ページをめくりながら感じることができる。どれも世界観が異なるので自分の肌に合う一編を探すのにうってつけだ。

④『姫君』


表題作の「姫君」は、自分の源氏名を「姫子」とする主人公が、路頭に迷っていたところを1人の青年に助けられ、そこから奇妙でサディスティックな生活を共にするという官能的な作品。青年に対し、まるでお姫様のように振舞う主人公ーー恋愛小説としては異色ともいえる作品だが、最後にはどうしようもなく彼らが愛おしくなり、心が締めつけられる名短編だ。
他にも、ただ爽快な気分になるだけではなく読後の深みを感じられるような、さまざまな愛の形を覗き見ることができる「愛にまつわる複雑で愛おしい」物語たちが並ぶ。

⑤『珠玉の短編』


珠玉、という言葉が突然頭から離れなくなってしまったスプラッタ作家、夏耳漱子の奮闘劇が描かれた表題作『珠玉の短編』。
軽快なリズムと、言葉巧みな筆致により読者は笑いを禁じえなくなるのだが、”女だてらに、男だてらに”という言葉で“小説における女性的とは、男性的とは何か”と問うこの物語は、ベテラン作家である氏が切り込んだジェンダー観を覗くことのできる作品となっている。
活字の可能性と自由度を感じざるをえない表題作はもちろん、背筋のぞっとする巧みな表現力が光る川端康成賞受賞作「生鮮てるてる坊主」も収録したマストリードな一冊。


短編集は長編小説に比べ、時間がない現代人のニーズやスタイルに合わせて読めるところが魅力のひとつ。本稿で紹介した氏の作品は、どれも短いながら小説として読み応えがあり、彼女自身から迸る人間味も感じられるものばかりで、読書体験として充実した時間を過ごせることかと思う。
最近は忙しくて読書をする時間が持てない人でも、ぜひ世界観に没入して、山田詠美ワールドの旅へと出発してみてほしい。

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安藤エヌ

日芸文芸学科卒ライター。映画と音楽を中心に評論、レビュー、コラム等を執筆。「今」触れられるカルチャーについて、新たな価値観と現代に生きる視点で文章を書くことを得意とする。

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