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口元に笑みを 絶望に祈りを|中田裕二『ARCHAIC SMILE』に寄せて

また、してやられた。中田裕二の新譜が例に漏れず名盤だったのだ。

「慈悲」をテーマに作られたニュー・アルバム『ARCHAIC SMILE』は、中田裕二一人で作詞・作曲・編曲・歌・楽器演奏まで行った一枚。すべて一人で、となるとミニマルな印象を与えそうなものだが、本作はその印象を翻す。粋な遊び心を漂わせつつも、風刺や皮肉をシンセに乗せて歌い上げる「ビターネス」、婀娜な女と憐れな男のシルエットがじんわりと滲む「ADABANA」、パトスが脈打つような情景が広がる「安物」など、さまざまな表情を見せながら音が刻まれていく。表現のレンジが明らかに広がり、一曲ずつの濃度も匂うほどに高い。良い意味で箍が外れているのだ。

アルバムの幕を閉じる「DECADENCE」は、開始数秒で強烈な引力を放つ。雑踏にいた私の腕を、ぐっと引き寄せられたような感覚に陥れば、もうそこから抜け出せない。いつの間にか堕ちていて、そこが楽園かどうかもわからぬまま微睡む自分がいる。——そもそも楽園って?侘しさも寂しさもないところを楽園と呼ぶならば、私は遠慮する。絶え間なく絶望に切り裂かれる世界で、悲喜交交抱いて眠りたい。生きる上での“グラデーション”が否定されるような現代で、ふと差し出された掌のような一曲である。

本作を提げたツアー名は“MASTER OF SHADOWS”、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』を彷彿とさせるタイトルだったが、『ARCHAIC SMILE』自体から得られるイメージは「人間礼賛」と言っても過言ではない。勝者、敗者、男、女、持つ者、持たざる者、喜ぶ者、悲しむ者、常識人、非常識人……掬っても掬っても指先から溢れてしまうような人々までも見つめ、あるいは時にその人々の目線に立ち、私たち人間を真っ向から肯定する。生きることの苦しさをも汲んだ美しさを、丁寧に歌い上げているのだ。そんなアルバムを、繰り返し聴かない手はないだろう。

熟成されたウィスキーのごとく芳醇な深みを増していく中田裕二に、今後も酔いしれていたい。

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青山文

書いて、食べて、眠って。時たま聴いたり、観たり、読んだり。

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