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戦争を新たな視点で描いた『ジョジョ・ラビット』に登場する、”愛に生きた”人

『ジョジョ・ラビット』©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation and TSG Entertainment Finance LLC

2020年1月17日に公開されたタイカ・ワイティティ監督作『ジョジョ・ラビット』。
第92回アカデミー賞脚色賞を受賞し、「愛は最強。」のキャッチコピーでナチス党下の戦争に生きた人々を鮮やかに描き出した。ヒトラーに忠誠を捧げる少年・ジョジョの視点での戦争やナチス党首のヒトラーは威圧感や悲惨さを帯びず、10歳の彼が思い描くままにスクリーンに映し出される。しかし、様々な人との出会いや関わり合いを通して、自分が生きる世界のリアルが少年の目にも見えてくるように。ジョジョを愛した人たちの人生の行方とは、そしてジョジョはどのように成長していくのか――。

本レビューでは、人間愛を描いた本作に登場する個性豊かなキャラクターの中から、ジョジョが所属するヒトラーユーゲントでの指南役・クレンツェンドルフ大尉に焦点を当て、彼が本作に登場している重要性と、キャラクター造形や細かな設定に隠されたタイカ・ワイティティ監督からのメッセージを考察してみたいと思う。

味わい深い演技が魅力の俳優、サム・ロックウェルとはどんな人物か?

『ジョジョ・ラビット』©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation and TSG Entertainment Finance LLC

“1968年生まれ、米国カリフォルニア出身。『スリー・ビルボード(17)』で、アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞など数多くの賞に輝く。”
―『ジョジョ・ラビット』公式パンフレットより

『ジョジョ・ラビット』と同日に公開されたクリント・イーストウッド監督作『リチャード・ジュエル』にも、冤罪を向けられた実在の人物であるリチャード・ジュエルを庇う弁護士・ワトソン役として出演しているサム・ロックウェル。
映画パンフレットの巻末に掲載されたコラムによると、FOXサーチライトピクチャーズ制作であるこの『スリー・ビルボード』を始め、当制作会社とは他にも多くの作品に関わってきている。複雑な人間性を抱いた、ふとした瞬間に善性の見え隠れするような役柄を演じるにおいては彼自身、確かな思いがあって演技に臨んでいるという。非常に味のあるキャラクターをこなす俳優であり、それは『ジョジョ・ラビット』でも例外ではない。本レビューで紹介したいのはその、彼が演じるキャラクターについてだ。

ゲイの軍人、クレンツェンドルフ大尉に改めて焦点を当ててみる


本作で彼が演じるのは、ナチス思想が蔓延し人々を支配していた第二次世界大戦下のドイツで、片目を戦傷で失ったため前線に出られず、少年兵士の育成役を任された軍人・クレンツェンドルフ大尉というキャラクター。

サムが本作のパンフレットで受けたインタビューで明言している通り、彼はゲイであり、部下であるフィンケルと上司部下の間柄を越えた関係を結んでいる。
サムはクレンツェンドルフ大尉を演じるにあたり、インタビューでこう答えている。

歴史に忠実にナチスの将校を研究するより、ビル・マーレーとウォルター・マッソーをお手本にした。クレンツェンドルフは片目でゲイのドイツ人だけど、そんなことよりも『がんばれ!ベアーズ』のマッソーにとても似ていることに気がついたんだ(笑)”
―『ジョジョ・ラビット』公式パンフレットより

ここに出る『がんばれ!ベアーズ』とは、弱小少年野球チームが奮闘する姿を描いたコメディ作品。クレンツェンドルフに見え隠れする茶目っ気や、状況の重苦しさを感じさせない飄々とした生き方は、ここから創り出されたのかもしれない。

筆者が彼の本質的な優しさを読み取ったのは、ユダヤ人の潜伏を取り締まる秘密警察(ゲシュタポ)がジョジョの家にやってきた時、たまたま近くを通ったという建前でジョジョの様子を見に来た時だ。ジョジョの家にはユダヤ人の少女、エルサが匿われており、とっさにゲシュタポの前で彼女はジョジョの姉を装うのだが、クレンツェンドルフには正体が分かっていた。しかしジョジョとエルサを守るため、芝居を立ててゲシュタポを追い払うのだ。

大人として、年端のいかない子どもを守る。それは時代がたとえヒトラーに支配されていた最中だとしても、相手が迫害されているユダヤ人だとしても関係ない。そうした自分の中の揺るがぬ正義と愛が、彼の中には備わっているのだと感じ取れるシーンである。

また、本作ではクレンツェンドルフと部下であるフィンケルの関係を示唆するようなシーンもある。明確にセリフとして表現されているわけではないが、ふたりの間に流れる空気で観客は彼らが上司部下以上の関係を結んでいることに気づくだろう。しかしそれは主人公ジョジョら彼を取り巻く人物相関のメインとしてではなく、あくまで彼らの人間性の一部として描かれているにすぎない。

それでもなお、彼らの存在がとても重要であることを、きっと本作を観てこの作品が真に伝えたいこととは何だったのかを理解できた観客なら頷けることと思う。
本作は「すべての人間が、あらゆる時代の波に負けず、愛をもって信じ生きること」を最も大切に描こうとしている映画だからだ。

ゲイというセクシュアリティに引け目を持たず、誇りをもって生きた人物


映画終盤、戦いが激化する中でジョジョが爆撃と粉塵の飛び散る街中に佇むシーンがある。そこに、戦線離脱していたクレンツェンドルフ大尉とフィンケルが自らデザインした軍服と武器をまとい戦場に躍り出る。
おそらく戦力外通告をされていただろう2人が、戦況が悪化したために参戦することになったと推測できる場面だ。

2人が着ている軍服やマントに、ピンク色をした三角の布があしらわれていることに注目していただきたい。これは「ピンク・トライアングル」といって、ナチスが捕虜とした人間のセクシュアリティを区別し、装着を義務付けていた識別胸章のひとつだ。ピンクの三角形は男性の同性愛者を意味する。

現代のピンク・トライアングルはLGBTQ+当事者のプライドと解放を主張する証のひとつとなり、シンボルマークとしても扱われている。
戦場に繰り出すことも、軍服を着ることも、1人の軍人として然るべきことであり名誉であるが、それ以上に彼は自分自身がゲイであることに誇りを持ち、1人の人間として生きることをやめなかった。これは、ナチスの横暴ともいえる支配と抑圧へのアンチテーゼであり、同時に自分を鼓舞する決死のアピールだったのではないかと感じる。

クレンツェンドルフ大尉は「人間性を尊重し、寛容と愛で包み込む」ことを重視し、作品として貫いたタイカ・ワイティティ監督の描く「人物像」であり、「欠けてはならないキャラクター像」だったのだ。

「広めるべきは寛容と愛」、今こそ観られるべき映画


『ジョジョ・ラビット』は戦争の惨さから目を背けずに描写しながらも、そこに生きた人々に生身の感情を宿らせ、時にはくすっと笑えるコメディも織り交ぜながら、絵に描いたような道徳ではなく血の通ったストーリーで、戦争という人類の歴史を私達に伝えてくれる。

米国で原爆を開発した科学者・オッペンハイマーを主人公とした『オッペンハイマー』や、アウシュビッツ収容所の隣に住む所長の日常を淡々と描く『関心領域』など、”伝えること”の重要さゆえに、今も戦争や迫害を描いた映画はたびたび上映される。ここ最近では従来と異なるアプローチをもってして事象を描き、ただ凄惨で残酷な描写をもってして反戦や平和を訴えるのではなく、作り手それぞれの描き方で多角的に真実を伝えようとするものが増えてきたように思う。『ジョジョ・ラビット』も、戦争というひとつの真実をこれまでとは違った視点で描いた作品として評価されるべきだと感じる。

またクレンツェンドルフ大尉の存在は、現代におけるセクシュアリティへの考え方、多様性への向き合い方にも結びつく。自己が自己であるための模索、そして受け入れること、他者への理解。現在も分断の溝が深まり、紛争の火が絶えない世界に生きる人々が、本作のような映画を観た上での思いを心に留めておくことが出来たならば、より希望ある未来が待っていることだろう。

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安藤エヌ

日芸文芸学科卒ライター。映画と音楽を中心に評論、レビュー、コラム等を執筆。「今」触れられるカルチャーについて、新たな価値観と現代に生きる視点で文章を書くことを得意とする。

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