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お仕事系の映画を観て「自分も頑張ろう!」という気持ちになりたいときがある。『プラダを着た悪魔』や『マイ・インターン』はその王道と言えるだろう。
そんな作品を探していたある時、「文芸版『プラダを着た悪魔』」と銘打たれた映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』を見つけた。言葉を紡ぐことを生業としている筆者としても「観ないわけにはいかない!」と鑑賞してみると、じんわりと心が熱くなっていった。
本作は、詩人を目指すジョアンナ(マーガレット・クアリー)が、ニューヨークで新たな人生を歩もうと決心するところから始まる。西海岸に残してきた恋人とも距離を置き、自分の夢を追うことに決めたのだ。
職探しをする中で勧められたのは、様々な作家の著作権の管理などを行う出版エージェントでの事務。無事に採用されたジョアンナは、タイプライターを使用した文字起こし作業などを任される。その中には『ライ麦畑でつかまえて』を生み出した作家J.D.サリンジャー宛に送られてきたファンレターに目を通し、内容に合わせた定型文を返信するという作業があった。しかし、作品への熱と愛が込められた手紙にジョアンナは心動かされ、秘かに返事を書いてしまう……。
本作において、最も重要視されていることは何か。それはまさに“継続は力なり”ということだ。サリンジャーの電話を受けたジョアンナは、彼に自分が作家志望であることを明かす。するとサリンジャーは「毎日書くことが大事だ 分かったね?」と言葉を残す。また別の日にも「朝の15分で構わないから 執筆の時間を確保すること」と、作家の先輩としてジョアンナにアドバイスをする。時間を理由に地道な努力を怠っているなど、心当たりのある人には、きっとサリンジャーの言葉が重くのしかかってくるに違いない。
筆者も、この言葉が自分に語りかけられているようで恥ずかしくなった。何事も継続が大切と言われるが、今まで続けられたことがほとんどない。勉強や読書にトライしたことはあったけれど、文章は思いついたら書けばいいと考えていたため、“継続”が当てはまる行為だと思ってもみなかった。しかし、このサリンジャーがジョアンナにかけた言葉にはとても説得力があり、自分自身も奮い立たされた。
また、レイチェル・カスクと会話をするシーンで、ジョアンナは「(書くことを)世界の何よりも求めなきゃ」「恋人や たくさんのステキなドレスや 人がうらやむ仕事よりもね」と言われる。ジョアンナは、作家になりたいと口では言っていたものの、それほどの覚悟と度胸がなかったと自覚するのだ。
どんな人にだって夢はあるはずで、その夢を持つ人々の多くが、違う仕事でお金を稼ぎながらでもその夢を追いかけ続けることができると思っている。そして、仕事をしながら夢に全力投球するということは難しいことだとも実感する。ジョアンナは出版関係の職に就き、作家という職業に近づくことができたと思っていたが、実は真逆の道を進んでいることに気が付いていく。その時彼女がとる行動が、私たちが持っていたはずの志を思い出させてくれるのだ。
本作で登場するサリンジャー宛てのファンレターには、様々な想いやそれぞれの背景が感じられるパワーがあり、人の心に届く文章にどれだけ価値があるかということも実感させられる。そして、それほど愛される作品を世に送り出すことができる作り手の尊さも痛感する。ジョアンナは、日々の手紙の処理によって、自分が作家になりたいと思っていたころのワクワクを取り戻していった。出版業界では邪険にされてしまう“作家希望”の彼女は、夢を語らずエージェンシーで働き続けていれば将来は安泰であったが、安アパートに住んでカフェで執筆する生活を選択した。その一歩が踏み出せるのなら、彼女は大きなことを成し遂げるに違いない。
舞台となったニューヨークという街は、誰もが憧れる街だ。筆者も『セックス・アンド・ザ・シティ』に始まり、『NYガールズ・ダイアリー 大胆不敵な私たち』『プラダを着た悪魔』など、(ライターだからか)雑誌編集者や作家がメインに描かれるキラキラした作品にのめり込んだ。しかし、そんな派手な世界よりも自分に合っていると感じたのが本作だった。眩しい世界に身を置くわけではないものの、ニューヨークという街に感化されてか、「平凡はイヤ」「“特別”になりたかった」と話すジョアンナに共感せずにはいられない。仕事へのやる気をもらえるだけでなく、何者かになろうとする彼女の人生の一部を垣間見ることで、勢いよく背中を押されたような気持ちになる映画だ。
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